声にならない声と嗚咽が漏れる。
どうしようもなく涙が止まらなかった。
「そんなもん、また買えばいいだろうがよ。もう二度と来んなよ」
憲兵は言い残し、門の前に立ち塞がる。
男の子はぐらつきながら立ち上がった。
口や鼻から血が止まらない。
手鏡をショルダーバッグに入れて、落ちた鏡の破片から、なるべく大きな物を手に取った。
それをありったけの力でぎゅっと握ると、指の皮に食い込み血が溢れた。
熱いが、痛みは感じない。
すー、はー。
深く深呼吸をした。
体が軽くなったような気がした。
ここを通るにはもうこれしかないから。
女の子はどんな顔をするだろうか。
一歩、足を踏み込んだ。
力が入る。体が言うことを聞いてくれる。
一気に憲兵へと駆けた。
驚く顔、まんまると見開いた目にガラスを突き刺した。
奇声と血が上がり、風に消える。
もう一人の憲兵が慌てて銃のリロードをする。
もたついているその隙に門をよじ登り、正門前まで走る。
正門前の憲兵がこちらに気付き、何事かと銃を構える。
「止まれ!」
このままだと確実に撃たれる。
男の子は右に逸れて庭へ向かった。
寸前で、パンッと乾いた音が鳴り銃弾が脇腹に直撃した。
足がもつれる。
もつれながらも、庭へ走った。
絶対に、女の子に渡すんだ。
パンッと乾いた音が鳴った。
銃声音、だろうか。
女の子は鏡の前で身を潜める。
結局今日は男の子の顔を見ることができなかったな。
そう思っていると、コンコンとノックが鳴った。
「誰?」
出てきたのは家政婦だった。
「失礼します。敷地内に侵入した者がいます。凶器を持ち危険ですので、事が終わるまで窓にお近づきにならず、このままお部屋で静かにお待ち下さい」
さっきの銃声音はそのためだろうか。
「侵入者なんて、珍しいわね」
「何でも物乞いの子供だそうです」
物乞いの子供。
嫌な予感がした。
「へぇ・・・」
この家政婦は事態が収集するまでここで待機しているのだろう。
「ちょっとトイレに」
「ご一緒致します」
何がなんでも着いてくる気だろう。
すたすたと扉まで歩き、開いた瞬間、女の子は駆け出した。
「お嬢様!!」
家政婦は怒声を上げる。
そうだろう。ここで女の子を逃がし、あろうことか侵入者の前に姿を見せてしまったそのときには、この女の首が飛ぶ。
そんなことどうでも良かった。
女の子はうっすらと勘づいていてしまった。
あぁ、箱庭から逃げ出してしまったんだって。
慌てる城内と女の子を視界に捉えるや目を丸くする憲兵たちをよそに、女の子は事の犯人の場所へ急ぐ。
こんなに走るのはいつぶりかしら。
どんな形であれ、男の子と会えることに胸を踊らせた。
どうやら庭先に犯人が居るらしい。
物乞いの子供一人に大人が数十人、なんて情けない。
どうしてここにお嬢様が、危険です、誰か部屋にお連れしろ。
女の子を目にした憲兵たちは口を揃えて言う。
無駄に広い城内を駆け、ようやく庭先に着く。
甲冑を鳴らす憲兵が輪になり、犯人を取り囲んでいるようだ。
「どきなさい」
「危険ですお嬢様」
「黙りなさい」
一言そう言うと、その場はしんと静まり返る。
所詮はそんなものなのだ。
私一人、こんな非力な子供の言葉が力を持ってしまう世界なのだ。