正直、立っていることさえ辛かった。
擦り傷や捻挫もそうだけど、これまで潜んでいた病気がここで一気に体を蝕んでいる。
脂汗を全身に滲ませて、男の子は顔を上げる。
大きな大きな城へ続く道。
門の前には憲兵が二人立っている。
体を引きずって、憲兵に歩み寄る。
「なんだこのガキ。物乞いにやるものはないぞ」
違います、そう言おうとして吐いた声は声にならず、代わりにとめどない咳が出た。
「おい迷惑だ。どっか行け」
見ず知らずの汚い子供、溢れる物乞い。
この町では当たり前のようにある光景で、憲兵たちはきっとこういった対処は初めてではないのだろう。
男の子は落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせる。
声を出さなきゃ。
息をゆっくり吸って、お腹に力を入れて、喉を通して、口から声を出すんだ。
「あ・・・あぁ・・・」
うまく言葉にならない。
女の子とはあんなにうまく喋れたのに。
「なんだってんだ。いい加減にしないと蹴り飛ばすぞ」
違うんです、話を聞いて。
「いっ・・・ぃあぅ・・・」
僕はただ、この鏡を女の子に渡したいだけなんです。
男の子はショルダーバッグを開け、鏡を取り出そうとする。
その行為はあまりにも世間知らずだった。
憲兵は武器を出すのかと勘違いし、男の子を蹴り飛ばした。
「おい、何もそこまですることはないだろうが」
もう一人の憲兵が宥める。
男の子の体は軽く、華奢だ。
数メートルふっ飛んで、地面に叩きつけられる。
「こいつ、武器を持っているかもしれん」
「なんだって?」
男の子は血へどを吐く。
朝から何も食べていないのが幸いして、胃から逆流したものは胃液と血だけだった。
「おいガキ、バッグの中を見せろ」
地面に横たわったまま、震える手で手鏡を掲げる。
「なんだ?鏡か?」
今の衝撃で割れたのか、男の子の霞む視界にはガラスが散落した。
「あぁっ、ああっ・・・!」
落ちたガラスが切れ切れに映すのは、男の子の大粒の涙だった。
女の子との思い出も、同じように割れて崩れて、壊れたような気がした。