溜まった小説やSS投稿スレ #4

4◆3VwoWSjoHw:2016/11/25(金) 19:18:12.24 ID:tBx/+n3+

母さんが朝作ったスープとパンをかじって、男の子はまた姉さんの部屋へ行った。

手鏡を覗き込むと、女の子は机に向かって読書していた。

僕と同じだ。

男の子も毎日のように、本を読んで時間を潰している。
そう言えば今日はまだ読んでないな。

男の子はどうしようもなく嬉しい気持ちになった。
学校に行けず、毎日本を読む。
そんな生活をしている子が他にいたんだ!

声は届くのだろうか。
ちょっと恥ずかしい気もするけど、勇気を出して話しかけてみる。

「こんにちわ」

女の子は一瞬びくっとして、辺りをキョロキョロと見渡す。

男の子も話しかけた後で、ちょっと後悔した。
びっくりさせちゃったな。

声は聞こえるみたいだ。
不思議な作りになっているんだな、鏡って。

気のせいだろうと手元の本に目を移した女の子に、また声をかける。

「こんにちわ」

さっきより大きくはっきりと言った。
女の子はいよいよ怖くなって立ち上がり、ベッドの下や額縁の裏を調べ始めた。

「こっちだよ」

どうやら声は鏡台の方から聞こえる。
この部屋に誰かが侵入している?
そんなこと誰が許したって言うのかしら。

鏡台の前まで歩いて、女の子はまたも驚いた。
知らない男の子がこちらを見ている。

「こんにちわ。初めまして」

男の子はにこっと笑う。

「僕の声は聞こえる?」

こちらに話し続ける男の子は、甘えたいときのペットの猫を連想させる。
悪い子ではないみたい。

「あなたは誰?」

男の子の問いを無視して、女の子は一方的に話す。
誰って言われてもなあ。

「どうして鏡の奥に居るの?」

「それは僕も知りたい」

女の子も鏡越しにこちらを見ているらしい。いかにも訝しんだ目で。

「さっき本を読んでいたよね?」

「ええ」

「どんな本?」

「知ってる?シェイクスピアのリア王」

女の子は、どうせ知らないだろうと思っていたけど、予想外の返事が帰ってくる。

「悲劇が好きなの?」

それなりに本を知っているらしい。

「楽しい物語は嫌い。私が物語の主人公のように幸せになることはたぶんないから」

「僕と同じだ」

男の子はまたにこっと笑う。
その笑顔はどうしても嫌いになれなかった。

「君は今どこに居るの?」

「箱庭よ」

「箱庭って?」

「私が名前を付けたの。私が見ることができる世界の全て」

「随分広そうな箱庭だね。綺麗だし」

「そうでもないわ」

「僕も箱庭に住んでいるんだ。君の所より汚いし狭いけど」

「出たいとは思わない?」

「思うけど、母さんと父さんが駄目って言うんだ。体に障るからって」

「私も箱庭の外は危険だからって出してもらえないの」

「危険なの?」

「知らないわ」

同世代の異性と話すのは初めてなのに、いつの間にやらどちらも口が止まらなくなっていた。
本のこと、母さんや父さんや姉さんのこと、家の外のこと。
鏡の奥の女の子はツンケンしているけど、どこか男の子と似ている。


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