わたしがまだ幼少のころ、父に連れられて家族で洋食屋へ出かけた事がある。
正確な時期は判然としないが、わたしがまだ小学校に上がる前か、上がってすぐくらいの事であったように思う。
たかが洋食屋と思われるかも知れないが、敗戦から間もない頃の話である。
景気が上向きに転じたとは言っても、それはごく一部の、比較的裕福な人たちの間の話で、
わたしたち家族のような庶民は未だに、物要りになると先ず闇市へ、というふうな具合であった。
そんな時分であったから、父が「洋食屋へ行くぞ」などと言い出した時には大変驚いたものだ。
わたしより三つ上の兄などは、とうとう貧しさに耐えかねて気でも違ったかと、父を心配さえする有様であった。
わたしの父は、町役場の助役を務めていた。
有り体に言えば副町長という事になるが、しがない町の事である。その待遇も知れたものであった。
なけなしの給金の大半は、家族の食べる米や芋に変わっていたし、事情はどこの家庭もそう変わらなかった。
そんな父が、一体どこから外食に行く金を工面してきたものか知らないが、
とにかく、その日の正午過ぎに、わたしたちは近所の洋食屋で食卓を囲む事になったのである。