801サロン@チラシの裏避難所 2083枚目 #367

367名無しさん@Next2ch:2020/11/21(土) 21:27:30.24 ID:???

>>330
乞食の言葉に恥入った僧は跪いて問いかけた。
「いずこかの高貴なご身分にある御方ですか」
乞食は答えて言った。
「そんなものはない。おれはただの乞食だ。ここでこうして、日がな一日影を見つめてどうにか生きているだけだ」
真実乞食はただの乞食であった。生まれてからこちら高貴なものとやらに触れたことも、見たこともない。耳にすることくらいはあったかもしれない。
僧はその答えに納得しかねると膝をにじって詰め寄った。
「ではそれは、先の言葉はただ心から湧き出たものだということですか」
「そういうことになる」
僧はうーむと唸って、膝をついたまま熟考しはじめる。
乞食は、うんざりとして、足でもって彼を押しやった。禅僧なんかのご立派な行いに付き合ってやる気はさらさらなかったからだ。
僧は蹴りつけられて転がっても、まだ唸ったまま、ああでもない、こうでもないと一人でぶつぶつやっている。
うす気味悪い。着る物もあることだし、橋の下から抜け出して、日の当たるところに出たっていいだろう。乞食は彼を置いて影から這い出ると、日当たりのいいところに腰を落ち着けた。
身体がポカポカと暖まってくるころになって、僧が再び乞食の前にやってきた。
彼は言った。
「師よ、今度はなにをなさっているのです」
乞食は眉をひそめて、訝しげに問い返した。
「なんだって?あんたいま、なんつった?」
「なにをなさっているのか、と」
「おれをなんと呼んだのかと訊いたんだ」
「師とお呼びしました」
「なぜそんなふうに呼ぶんだ」
「あなたのお答えに感服いたしましたゆえ」
冗談じゃない!乞食は立ち上がって彼に背を向けると、今度は木陰に向かって歩き出した。
「どちらへ?」
「ついてくるな!」
本当のことを言えば、乞食にとって僧が投げ与えた着衣はたいへんにありがたいものだった。お礼くらい言ったってよかった。
けれど中身までついてこられては、もう、お礼の言葉なんてものは出しようがない。
師よ、師よ、とうるさくついてくる僧を睨みつけて、乞食はうんざりとして言った。
「欲しいものなんてないんだ。もうどっか、いってくれよ!」
すると僧はますます感激して、乞食を仰いで目を潤ませる。
「それこそ、わたしの求めるもの。師よ、どこまでもお供いたしますよ」
乞食はがっくりと肩を落とすと、日当たりのいい河原の隅に膝をついた。

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