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ふつうの食べ物の変わった食べ方
「そんなあまい豆、よく食べるよなー」
ぼくがデザートに持参したオシルコ(モチ抜き)を食べるとき、正面に座るアーネストはいつもそう言った。
「いいじゃん。グランマの手づくりだよ。日本じゃこれが」
「日本じゃこれがふつう、だろ? 聞きあきたよ」
「ぼくだって言いあきたよ。きみさぁ、ぼくがオシルコ持ってこなくなったら満足なワケ?」
「べつにぃ。ユージンったらそんなものよく食べるなーと思うからそう言ってるだけ」
先祖が独立前から合衆国に住んでいたアーネストには、あまい豆というものが受け入れがたいらしい。まあ、たしかに豆をあまく味付けるのは、ぼくみたいな日系人の家庭くらいなんだけど。
「お菓子ならスニッカーズかじってたほうがいいけどなー、オレは」
「ぼくはこれがいいの。スニッカーズも食べるけど」
タッパーに入った、水分の少ないオシルコをスプーンですくって、口に含んだ。四世のぼくは、日本という土地も文化も知らない。言葉だってほとんどわからない。でも、このあまい豆は、タイチロウやスザキという名前と同じように、ぼくのルーツを示しているような気がする。
「ひとくち」
アーネストがオシルコをねだるので、ぼくはすこし驚いた。そんなことを言われたのは、一緒にランチを食べるようになったこの半年で、はじめてだった。
スプーンを差し出そうとすると、アーネストは口を開けた。食べさせろってことなんだろう。ぼくは腕をのばし、彼の口にあまい豆を運んでやった。
「……やっぱ不思議な味。あまい豆だ」
「最初から、じぶんでそう言ってたじゃん」
「ま、慣れたらうまいかも? おまえのキスと一緒でさ」
けらけらとアーネストが笑う。彼の顔つきがぼくとすこし似ているのは、彼がネイティブアメリカンの血を濃く引いているからだろう。
「あほくさ」
呆れるあまり笑いがこぼれる。ぼくはスニーカーを履いた爪先で、アーネストのジーンズに覆われたすねをけり飛ばした。