>>7
「小説の書き出し」
切り立った崖に打ち寄せる日本海の波は荒々しく、海岸線にぶつかっては千々の水滴に砕けるを繰り返す。
省吾は今年も海の唸りを聞くため、東京から車を走らせた。
「新幹線ができたんだから、車で来ることないのに」
いつの間にか、千彰が隣にいた。
「好きでやってんです」
「物好きー。錆びるよ」
それ、と千彰が省吾の左薬指を示す。
「気になります? くれた張本人的には」
「会社の後輩に告られたけど、指輪を口実に断りましたと聞かされたんじゃねぇ」
「好きでやってんですよ」
「ほんっとに物好きー」
左薬指のリングをなぞり、形を確かめた。
今も荒い波が岩肌に打ち寄せては砕けていく。いつでもこの場所は曇天で、晴れているのを見たことがない。省吾には、飛沫を上げるその音が、悲鳴にも似て聞こえた。
指輪をはめた日から、もう7年が経つ。
「いい加減、ほかにいい人、見つければ」
千彰の声色はのんきで、他人事だ。この人はいつもそうだったと、省吾は懐かしく思う。
「無理ですねぇ。いちばん好きなひと、死んじゃったから」
省吾は指輪を指ごと強く握りこみ、千彰を伺う。その容姿は7年前から止まったままで、浮かべる表情も、微笑んだまま変わらなかった。