どこかの偉人が言っていたのは、善も極まれば悪、悪も極まれば善では
そんな知識は知らなくても、少し考えれば分かる
有り難迷惑でも、毒をもって毒を制すでも何でもいい
ならば、遺伝子は環境、環境は遺伝子と言えてしまう
簡単なこと
環境子という言葉から派生して緻密に考えていってもいいくらい
こういうことが分からないのが分からない
知識を覚えることに偏重していて、考えるということが足りていないと思えてしまう
どう生まれたかが全て
これに、育ちもあるとの反論
意味が分からず聞くと、生まれと育ちとの言葉から、言葉尻を捉えただけだった
なので産まれが全てとでもすればいいのかとも思うが、生まれと被ってしまう
人の頭の悪さが迷惑
生まれか育ちかはどっちでもいい
同じ
そうではなくて…と
例えば、明くまでも例えば、こう話を進められないと、それこそ話にならないという奴
いらない
無駄な時間
間違いなく凄く簡単
いい遺伝子ならば、親もいい遺伝子
いい遺伝子の親により、いい環境もある
いい遺伝子の分はぴったり
これが分からないのは、本当に分からない
「じゃあ、これは?」とお得意の例外での反論
頭か悪いからこそ、頭の悪さを治す教育が上手くないと、こちらが頭が悪い認定
これだから関われない
関わる価値がないから
こういうことが、普通に分かってほしい
下位2%強を三割弱、上位1%弱を一割弱にすればいいのか、その倍か、満帆か
もとは多数派と合わせて半々にした物もある
この半々が一番かも知れない
どっち?という答えと似ているのかも知れない
答えを問うという、問い方という答えと