他の地震話よりしょぼいけど
1993年の釧路沖地震のとき現地にいた
当時付き合っていた彼の所に遊びに行った帰りJRに乗っていたら
いきなり車がエンストしかけるような感じで列車が激しくガクガクと揺れた
車内放送もなく、何が起こったかも分からないまま30分ほど待っていたら
車掌さんが来て地震の説明と運転の再開の目処は分からないという事を話していった
それから1時間程過ぎたころ、
線路の状況確認が出来たのかのろのろ運転で最寄りの駅までいったあと
臨時バスで目的地まで送ってくれたのだがその日は帯広までしかいけないらしく
帯広を越えて札幌寄りの駅が住居の私は足止めされた
駅員さんもろくに情報もないまま対応に追われていて
「ここから先は自力でどうにかしてほしい」とのことだっだ
姉に迎えの電話するも断られ途方にくれていたら
地震とき一緒の車両に乗っていた人が情報を集めていたらしく
JR側で明日広範囲にバスで送ってくれる話と今日の宿泊先を教えてくれた
夜6時前にJRに乗りホテルに着いたのが0時を回っていた