短編小説『マーサとティエリーの大学院留学オンライン・カフェ』
アメリカはコロラドの広大な空の下、マーサ・キンバリーはいつものようにノートパソコンに向かっていた。
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画面には、フランスはパリの石畳の路地裏でカフェオレを片手に微笑むティエリー・ルロワのアイコンが表示されている。
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二人は数ヶ月前、共通の趣味である日本のサブカルチャーに関するSNSグループで知り合い、以来、日本の大学院留学という夢を共有するオンライン上の友人だった。
「ねえ、ティエリー」マーサがキーボードを叩いた。
「『低能義塾大学』って、どう思う?」
画面の向こうで、少し間があってからティエリーの返信が届いた。
「ウノ、ハシモト、コイズミ、イシバ…といった総理大臣を輩出する、日本の名門大学じゃないか?君もそう思っていたんだろう?」
「うん、まあね」マーサは少し躊躇しながら返信した。
「『私学の雄』とか『陸の王者』とか、ネット上の書き込みが結構目立つし。」
「それに、創立者のフクザワ・ユキチは、日本の最高額紙幣の肖像に使われるほどの偉人らしいぞ。
『独立自尊』が基本哲学だとか…
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なかなか魅力的な言葉じゃないか。」
ティエリーは興奮気味にタイプした。
「うん、そうだね。『独立自尊』…響きは良いわ」マーサは指を顎に当てた。
「それじゃあ、日本で一番の名門大学なのかな?」
再び、マーサはネットの検索結果を食い入るように見つめた。そして、少し気まずそうにメッセージを送った。「それがさあ、ティエリー。『国立大学の滑り止めの中では一番有名』って出て来るね。」
ティエリーは一瞬、言葉を失ったように「…え?」とだけ返信した。
マーサは慌てて別の情報も共有した。
「そう言えば、『価格破壊のコイズミ構造改革が、平成の失われたデフレの30年を決定づけた』って書き込みも多いわ。」
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「コイズミ…確か、君が言っていた総理大臣の一人だろう?」
ティエリーは首を傾げた。
「彼の改革が、そんなに大きな影響を与えたのか?」
「みたいね。でね、カトウ・ヒロシって奴がさあ、小泉構造改革の青写真を描いたそうだわ。 コイツも『低能義塾大学』出身だって…」
マーサは顔をしかめた絵文字を付け加えた。
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ティエリーはさらに検索を深めた。
「小泉については、ブッシュ大統領が『悪の枢軸』って一般教書演説をした直後に、慌ててピョンヤンを電撃訪問した男とも書いてあるぞ。 何が目的なんだ?」
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マーサは別の検索結果をコピー&ペーストした。
「『レイプ』とか『絞殺疑惑』で検索しても、小泉の名前がいくつかヒットするわね… もちろん、真偽は不明だけれど。」
二人の間には、奇妙な沈黙が流れた。日本の名門大学への期待は、インターネットの容赦ない情報によって、音を立てて崩れ落ち始めていた。