行きつけの本屋に変な男がいる。
本を手に取り、装丁を眺めてページを開きすぐに閉じる。それから目をつぶったり本棚をぼーっと見ているかと思うとまた次の本を手に取る。
これを狭い店内で延々と行っているのだ。
新刊コーナーができれば大体そこに張り付いてレコード盤の収集家の如く右から左へ隈なく時間をかけてすべて目を通している。
ただそれだけなら本の内容を吟味しているようにも見える。だがよく観察すると無作為に開いたページを見るのではなくどうやら1ページ目だけを見ているようなのだ。それも題名だけで1ページを使っているような単行本はそこをちらりと眺めては周りの事など知らんぞとばかりに目を虚ろにして何か無想しているようなのだ。
この本屋に通って長い私は店員にも顔を覚えられていて見知った顔が何人かあり居心地の良さを感じているが同じようにその男も大分前からいるので言葉には出さないけれど謎の親近感というものを抱いていた。
いつからかその奇行に気付いてからは男が何故そんなことをしているのか気になった。男は長い時間本屋にいる割には本を一冊も買っていないようだし閉じた本はもうまったく興味がないのか二度見したりすることもない。
出版元の人でロゴや装丁の具合を見ているとか、最初の筆致だけで本の良しあしが分かる中途半端異能力者か、実は万引きを捕まえる警察官か、元来空想好きな私はこの男を見る度に奇行の真実を新たに考えることを密かな楽しみにしていた。
でも日を重ねるうちにどんどん気になってあるとき聞いてみる決心がついた。
「どうしていつも本の一ページ目だけを見ているんですか?」
男は驚いたのかこちらを向いて目をぱちぱちとさせた。
それから今開いた本を閉じ本棚に直してから私に言った。
「僕はね、一ページ目と本の題名だけを見て中身を想像するのが好きなんだ。そこにはどんな荒唐無稽な物語があるのだろうってね。中身が知れると型にはまって結局それ以上の空想は無理ってものだろう?楽しみってそういうものじゃないか。知らないから無限のハッピーエンドを導ける。それにしても君は随分と変わっているね。こんなおじさんの行動をチラチラと覗くなんて。僕の方では全く気付かなかったけどもしかして君は僕のことを毎日見てたのかい?」
脂の浮いたおでこにいやらしい笑顔を浮かべるおじさんに私は急に萎んでいく好奇心とおじさんの言葉の真実を悟った。おじさんの好奇を侮辱しないためにも私が次にいうセリフは、少し微笑しながら「秘密です」だろう。