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* 悪人たちの国家(1322) *
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「あり得るかもしれない、憲法改正とクーデター」 保守政治家がクーデターを起こしても得たいものは
憲法改正による天皇主権ではないか。憲法改正は.第9条の戦争の放棄に注目されてきたが、保守政治家の
本命は憲法の前文の国民主権の削除と天皇を主権者にする文章ではないか。
日本国憲法
昭和21年11月3日 公布 1946年
昭和22年5月3日 施行 1947年
(前文 抜粋)
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの
子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を
確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、
ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な
信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、
その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に
基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
防衛力をいくら強化しても保守政治家たちのうま味は企業・団体献金や裏金であり、防衛予算からの
正当な利権を得るためには国民が主権者では十分な利権は得られない。しかし、戦前の天皇を主権者と
することで保守政治家たちは国民からいくらでも税金を取ることが出来、その税金を自由に使うことが出る
憲法改正は保守政治家に取っては夢のようなことであり、それを達成する為にはクーデターもあり得るの
ではないか。
民主主義の時代では何の役にも立たない防衛力は保守政治家に取っては悩みの種で在り、この防衛力を
使ってクーデターを企てる。無いとは言えない計画ではないか。戦前の天皇を主権者する民主主義から
権威主義への政変は保守政治家の祈願ではないか。
生ぬるい国民たちは憲法に国民が主権者と書かれていることも知らず、主権者と言う意味も知らない。
天皇に主権が渡っても、ただ、喜ぶだけかもしれない。そんな予感がする現在の日本、国民には
しっかりしてほしい。