清少納言から辛酸なめ子まで、淡々と自由に思うことを語ろう
随筆 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9A%8F%E7%AD%86
日記 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E8%A8%98
清少納言から辛酸なめ子まで、淡々と自由に思うことを語ろう
随筆 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9A%8F%E7%AD%86
日記 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E8%A8%98
内田百間の百鬼園随筆をぱらぱらと読んでるんだけど
今ひとつ良さがわからないな
小説を離れて日記や随筆、歌論書ばかり読んでる俺にはタイムリーなスレ
いま取り組んでるのは岩波文庫七月の新刊『鏡花随筆集』
また感想など書きこみます
おお歌学とは俺にとっては未知のジャンルだ
嬉しいな
HPとかブログとかが初お目見えした頃は
「ああ、一億総エッセイストになってプロはいなくなるのかな」
と思ったが
プロはプロでちゃんと残ってるね
長風呂するときに澁澤の「滞欧日記」を持ち込んでる
なんとなく湯に浸かりながら読むのが丁度良い気がする
ちょっとスレの主旨から離れるかもしれないけど
しみじみ読むのに耐えうる日記を載せている
ブログのお勧めなんかがあったら教えてください
武田百合子は読んだことないけど
写真を見ると随分かっこいい
Nextが俺の最近の日記帳だからな
チラシの裏に汚い筆跡で書くよりいい
20年前に買ったデレクジャーマンの『モダン・ネイチャー』をところどころ読み返してみる
若造のあの頃には理解できていなかったことも多かったな・・・
最後の筆は闘病の記録で終わっていて、編者も下手に綺麗にまとめようとしてないところがいい
庭仕事と日記文学はいい組み合わせだとつくづく思う
満天の星の下で光り輝く原子力発電所をコテージの窓から見ながら
ひとり夕食をとるデレク。
死が迫っていることがわかっている状況で書かれた他人の日記を読むってのは
なかなか不思議な感触だ
ロコツに書斎派っぽい澁澤も
一回旅に出ると結構長かったみたい
http://matsushige.cocolog-nifty.com/blog/
松重さんのは淡々といい味出してる
夏風邪の項の観覧車の写真がいい
撮影巧いな
相変わらず『モダン・ネイチャー』を拾い読み
日記の終盤近く、穏やかな日曜日に、自分が庭に植えた草花の種類を数える記述が胸に沁みる
書けと強制されると書かないのが日記
独立して心身の自由を確保すると勝手に書き出すのが日記
掲示板へ書き込む癖がついてから
日記的な短文を手書きで書く事はあまりなくなった
エッセイ書くひとは
犬派よりも猫派のほうが多い気がする
やっぱり松重さんのブログの写真とかレイアウトとかいいな
文芸サロンで言うのもなんだが
そんな外れてもないんじゃないか
すぐれた写真、こなれた文章、お洒落なページレイアウト
いわゆる写文集として、なかなか見れる・読めるものになっていると思う
http://www.gizmodo.jp/2013/11/grid_diary.html
これの発想はちょっとキモイと思った
>>22
確かにぞわぞわするな。幼児か。。
ある意味スマホの狙い通りなんだろうけど
無理に書くことに何の面白みがあるのか
まぁ体育会系だと毎日日記を書かせる文化は根強くあるけどね
部活や授業で強制的に書かせるのはわかるけどこれは幼稚すぎる
やってみる価値があるとしたらそれは介護用だろう
何を食べたとか忘れない(忘れさせない)訓練用に本人か看護側が使うなら多少は有益かもだ
なるほど
言われてみれば介護系で地味に当たる可能性を秘めてるな
>>10
smiling in slow motion
at your own risk
最後の日まであるよ
澁澤は高丘親王は素晴らしかったけど
どうしてもエッセィストのイメージだな
他人の作品群を語る言葉がきらきらしてるのでつい勧められるままに読んだりすると
澁澤の紹介文自体のほうが遥かに魅力的だったりすることが多いw
それ滅茶苦茶よくわかるw
滞欧日記はかなり淡々としてる
長谷川 如是閑とか
機知の人、ジャーナリズムの草分けの巨人っていう漠然とした印象だが
まだちゃんと読んだことがないな長谷川 如是閑
他人の日記は基本的にはつまらないものだが
その人となりに興味を持って入り込んでいくと日記も面白く読めてくる
「富士日記」読んでみようかと思ったが、本屋へ行って手に取ってみると分厚すぎて躊躇
WSバロウズの最後のは心に響いた
most only だっけ natural pain killer
は
love
バロウズ翁はロマンチックな狂人だったからね
いや狂人というと語弊があるか
ある意味誰よりも理性的だから逆に狂って見えたというか
http://yamashina-mashiro.com/
この人のことは全然存じ上げないが立派なHPだ
ブルトンの小説がエッセイとの境目が極めて薄いように
濹東綺譚もどっちかというと優れたエッセイの感じで読んだ
登場するのは架空の人物たちではあるけれど
詩と小説
エッセイと小説
うまくその境目で浮遊してる作品には、面白いものが多いような気がする
アン・リンドバーグのエッセイは割と好きだった
海からの贈り物は49歳のときか
当時の感覚からすれば老境をこれから迎える心の準備をするような
日記・随筆に関しては
若い作家のもので面白く感じたものがない
よく芸能人とかが、その破天荒なキャラを売りにしたエッセイ本なんかを出してて
あれはあれで有りだと思うが
「文芸サロン」的なものからは外れてるな
寒い国の人たちがやたらと日記を書きたがる気持ちがなんとなくわかった
http://1000ya.isis.ne.jp/0450.html
『断腸亭日乗』読みたくなった
読んでみたいね
哀しくなりそうだけど
若いうちから「老人道」に憧れて一直線か・・・(その割に歳を取っても風貌が若かった)
一時期微妙に流行ったことがあったような老人道
健在な頃の岡崎京子とかがネタにしてた
生活全般板に良スレ発見。
季節の便りスレッド
http://next2ch.net/kankon/1394034029
エッセイスレよりも淡々とエッセイなスレですな
過疎地をマイナス要因と考えず
スローライフな日記・エッセィに最適と思った人がうまく使っているな
今日あったことを一行で表してみよう
http://next2ch.net/kankon/1380980335
エッセィはむしろ生活全般板に達人が多いかもしれん
>>51
その人が以前にやってた(と思われるスレ)、閉まったね
>>55
行っちゃったね
見ると3月末には出るつもりだったようだから、うんぴスレの完走まで待っていたのかね
淡々とひと現れひと去りぬ
すべて世はこともなし
>>56
酉から辿ると、とんでもない掲示板に‥w
おーぷん?
実はおれもおーぷんにスレ立てちゃってるけどw
両方盛り上がればなんか相乗効果が起きないかと淡い期待もあるのよ
金井 美恵子(作家)× 中島 京子(作家)「エッセイ」を書くたのしさ、読むよろこび
http://www.youtube.com/watch?v=b8Tv9WRMbe4
まだイントロしか聴いてないけれど、これから聴きます
金井さんはいつどこでも金井さんで笑えるがw
まだ体力的にもかなり元気そうだな
http://blog.goo.ne.jp/kelu-cafe/e/2e85c88a53dd56b8dea8e35a5c61f155
うわあ…最悪
清少納言ってどうもキャラ的に好かれないよな
今仕上がり待ちで暇だから構ってあげよう
「どうもキャラ的に」ってどんな感じなの?
森茉莉さんのエッセイは描写が豪華ですね
父親とは大分違う
http://www.hiraganatimes.com/ja/past-articles/people/3123/
目が見えないから気づいた日本語のおもしろさ
「日本の食べ物で大好きなのは果物のナシ。食べられないと全てだいナシ。ああ、またギャグを言ってしまいました」と、モハメド・オマル・アブディンさんはユーモラスに話します。アブディンさんは東京外国語大学大学院の学生です。同時に「スーダン障害者教育支援の会」の副代表理事でもあります。
アブディンさんはスーダンのハルツーム出身です。子どものときから目がだんだん見えなくなりました。周りの人に教科書を読んでもらって勉強し、ハルツーム大学法学部に入学しました。ところが大学は政治問題のせいで閉鎖されてしまいます。どうしようと思っていたところ、目が見えない人を支援する日本の団体が盲学校への留学生を募集していることを知って応募してみました。すると大勢の中からアブディンさんだけが選ばれました。
中略
アブディンさんは現在、スーダンの南北紛争についての博士論文を書いています。同時に、日本に来てからの15年間の体験を「わが盲想」という本にまとめました。「このタイトルは、妄想という単語の妄の字を目が見えないという意味の盲に変えたものです。目が見えない分、こういう漢字遊びを自由にできて楽しいんですよ」。
http://www.poplarbeech.com/wagamoso/007244.html
モハメド・オマル・アブディン
「わが盲想」
第0回 はじめに
日記板か独り言板開いて欲しいなあ
板要望スレでも書いたけど